2017年9月8日金曜日

演歌師「神長瞭月」に関する資料

演歌師「神長瞭月(かみながりょうげつ)」に関する資料

提供館(Library)  栃木県立図書館 (2110002)
管理番号(Control number) tr286
事例作成日(Creation date) 2013年10月22日
登録日時(Registration date) 2013年12月08日 11時00分
更新日時(Last update)    2013年12月08日 11時00分

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質問(Question)
栃木県塩谷町(当時の船生村)出身である、演歌師「神長瞭月(かみながりょうげつ)」に関する資料はあるか。

回答(Answer)
 演歌師「神長瞭月」が栃木県塩谷町(当時の船生村)出身であるという情報を元に、音楽史に関する資料と地域資料から調査を行いました。関連する記述があった資料は、以下のとおりです。

・『音楽五十年史』(堀内敬三/著  鱒書房  1943)
「第3章 明治後期の音楽」の「5、演歌は俗謡界の王座へ」(p240-250)に関連する記述があります。

・『日本音楽の歴史 』(吉川英史/著  創元社  1965)
「第7章 洋楽消化時代」の「1 演歌の唄本に現れた大正時代」(p416-422)に関連する記述があります。

・『流行歌明治大正史』(添田唖蝉坊/著  添田知道/著  刀水書房  1982)
神長瞭月/作詞・作曲の歌の歌詞が掲載されていました。
 「松の聲」(p238-239)
 「ハイカラ節」(p252-253)
 「殘月一聲」(p257-259)
 「スカラソング」(p259)
 「一かけ節」(p294-295)
※「流行歌について」の項等、文中の随所で、読売や書生節に関する記述が確認できましたが、神長瞭月に関する具体的な記述は記載がありませんでした。

・『日本音楽大事典』(平凡社  1989)
「演歌」の項で、演歌の発生や特長について述べられていますが、その中で、「(19)07年ころ神長瞭月によってヴァイオリンが伴奏にとり入れられる。」との記述が確認できました。(p580)

・『日本レコード文化史』(倉田喜弘/著  東京書籍  1992)
「3 視界ゼロ時代」の「2 はやり歌と政見レコード」の中の「書生節台頭」の項(p85-86)に記載がありました。

・『演歌師の生活』(添田知道/著  雄山閣出版  1994)
「底にうごめくものどち」の項に関連する記述があります。
 「松の声」(p103)
 「ヴァイオリン」(p109-111)

・『「はやり歌」の考古学  開国から戦後復興まで』(倉田喜弘/著  文藝春秋  2001)
「第3章 異文化との接触」の「6 ヴァイオリン演歌へ」(p138-144)に関連する記述があります。

・『ポピュラー音楽は誰が作るのか  音楽産業の政治学』 (生明俊雄/著  勁草書房  2004)
「第2章 レコード産業への音楽制作機能の集約」の「5 演歌師という存在」(p76-79)に関連する記述があります。

・『日本の作曲家  近現代音楽人名事典』(日外アソシエーツ株式会社/編  細川周平/監修  片山杜秀/監修  日外アソシエーツ  2008)
「神長瞭月」の項があり、生没、本名、生い立ちや業績についての記述が確認できました。(p201)

・『流行歌の誕生  「カチューシャの唄」とその時代』(永嶺重敏/著  吉川弘文館  2010)
「<歌う文化>と流行歌の近代」の項中に、関連する記述を確認できました(p136-138、174-176)。

以下の資料からは、記述を確認することができませんでした。
・『野州紳士録』(金澤源太郎/編  野州新聞社  1915)
・『下野名鑑』(三古谷雄/編  下野通信社  1925)
・『野州名鑑  昭和6年版』(遠藤健三郎/編  下野新聞社  1931)
・『音楽家人名事典』(日外アソシエーツ/編  日外アソシエーツ  1991)
・『栃木群馬縣人名鑑  昭和10年版』(小森貢/編  両毛県人社  1935)
・『栃木群馬縣人名鑑  昭和14年版』(小森貢/編  両毛県人社  1939)
・『栃木縣名士録  1952年版』(武石長雄/編  下野新聞社  1952)
・『明るい郷土を擔う人々  昭和31年度版』(下野新聞社/編  下野新聞社  1956)
 ※船生村、在京県人なし
・『栃木県第一線展望  人物篇』(鎌倉亀久馬/編  下野新聞社  1961)
・『レコード百科  歴史から鑑賞まで』(宮本英世/著   誠文堂新光社  1981)
・『栃木県歴史人物事典』(栃木県歴史人物事典編纂委員会/編集  下野新聞社  1995)
・『日本の演奏家  クラシック音楽の1400人』(日外アソシエーツ株式会社/編  日外アソシエーツ  2012)
回答プロセス(Answering process)
事前調査事項(Preliminary research)
NDC
大衆演芸  (779 9版)
参考資料(Reference materials)
キーワード(Keywords)
神長瞭月
演歌師
流行歌

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神長瞭月発行のバイオリン楽譜(大正12年):
これは大正12年(1923)に神長が発行した”流行名曲集”である。この年に関東大震災が起きた。発行者 神長源ニ郎、定価金五十銭と書かれている。当時としては高価な立派な楽譜集である。いわゆる演歌師が街頭で売る歌本ではない。

演歌師 神長瞭月(1888~1976):
戦時歌謡でも活躍した神長瞭月:

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国立国会図書館検索:
神長//瞭月が著作者として関わる書誌は3冊ある。(神長//源二郎)
全国書誌番号 タイトル 役割  出版地 出版者 出版年 ページ数 大きさ
41003264   華巌の嵐   著 東京 華巌の嵐社 1906  47p 15cm
41003268   血涙集    著 東京 日清堂   1907    104p  16cm
40075063   不如帰    著 東京 讃美界雑誌社 1909  8p 24cm
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演歌師「神長瞭月(1888~1976)」

演歌師「神長瞭月(1888~1976)」
神長瞭月(1888~1976)はバイオリンを独学で学んで演歌の伴奏楽器として初めて使用したバイオリン演歌の先駆者(パイオニア)である。

上京して縁日に読売(当時の演歌師は唄いながら歌詞を刷り込んだパンフを客に売った)を聞きに行き、刺激されて処女作「松の声」を作詞作曲した。

「松の声」は女学生堕落の唄として知られ当時大ヒットした。勉学のために上京した女学生が親や教師の注意にもかかわらず学業をおろそかにして男と恋愛、親からの仕送りを断たれ、子をはらんだ後に男にも捨てられて自殺するまでの経過を叙事的に唄ったもので誰もが興味を持つ三流週刊誌記事の弾き語りであった。

”三年(みとせ)の後に汝か顔見るが我等の楽しみぞ 
錦を飾りて帰る日を指折り数へて待つべしと
情も深き言の葉に行くも止るも涙川 
小袖の露も未だ乾(ひ)ぬに許し給はぬ不義の道
故郷の空を後にして上り来しより早や三年ーーーーー
嘸や涙にむせぶらん免し給へや父母の君ーーー”

1888(明治21)年6月:栃木県塩谷郡塩谷 生まれ。
1904(明治37)年:苦学しようと上京し神田に下宿。
1907(明治40)年:浅草電気館の活動写真の幕間にヴァイオリンの基本演奏を習い、「残月一声」を作曲しヴァイオリンに載せて観衆の前ではじめて披露した。人気を得て演歌師を生業となす。
1907(明治40)年「松の声」、「残月一声」を作詞・作曲
1908(明治41)年 ハイカラソングを作詞・作曲する。

1913(大正2)年:「松の声」「残月一声」などの演歌を日本ではじめてレコードに吹き込み市販した。録音は川崎にあった日本蓄音器商会、現在の日本コロムビアで行われた。
1918(大正7)年:神田で独立音楽会を開設しマンドリンとヴァイオリンの教習をする。
1924(大正13)年頃:演歌の作詞作曲をする傍ら、発明の道にも手を染めた。
1939(昭和14年)戦時歌謡「戦場の幼な子/田端義夫(ポリドール)」発売
      作詞作曲:神長瞭月   https://www.youtube.com/watch?v=cKDLtLS5Dz8
1939(昭和14年)戦時歌謡 「白衣の尺八 塩まさる テイチク」
       神長瞭月作詩 田村しげる作曲(『九段の母』の片面)
       https://www.youtube.com/watch?v=PjHreqOLM1I
1941(昭和16年)戦時歌謡「別れの尺八」発売 坂口 淳作詞、神長瞭月作曲
        https://www.youtube.com/watch?v=aTIusVr8oBY  
1957(昭和32)年暮れ:早稲田大学図書館から瞭月は「街からいなくなってしまった演歌師の記録を残すために演歌を歌ったほしい」という依頼を受けた。初めて演歌にバイオリンを使った「残月一声」を含め、演歌53曲を35分間で一気に歌いきった。瞭月69歳のときであった。

70歳を過ぎても自分の作った楽曲をレコード会社へ売り込みに行き続けた。

1968(昭和43)年5月:東芝レコードから「演歌集 これが演歌だ」を発売した。瞭月79歳。
1973(昭和48)年3月:キングレコードから踊りに使う舞踊歌謡シリーズが発売され、その中に瞭月の未発表楽曲が使われた。
1976(昭和51)年2月:「元祖・神長瞭月」-これが基本演歌だ-のLP2枚組(45曲)をビクターよりリリースした。このレコードには添田さつきが作詞した「東京節」は入っていない。瞭月87歳。
1976(昭和51)年12月:永眠。88年の生涯であった。

神長瞭月発行のバイオリン楽譜(大正12年):http://blogs.yahoo.co.jp/teds3d/1719803.html
これは大正12年(1923)に神長が発行した”流行名曲集”である。この年に関東大震災が起きた。発行者 神長源ニ郎、定価金五十銭と書かれている。当時としては高価な立派な楽譜集である。いわゆる演歌師が街頭で売る歌本ではない。

国立国会図書館検索:
神長//瞭月が著作者として関わる書誌は3冊ある。(神長//源二郎)
全国書誌番号 タイトル 役割  出版地 出版者 出版年 ページ数 大きさ
41003264   華巌の嵐   著 東京 華巌の嵐社 1906 47p 15cm
41003268   血涙集    著 東京 日清堂   1907 104p  16cm
40075063   不如帰    著 東京 讃美界雑誌社 1909 8p 24cm

不如帰 : 新作琵琶歌   神長瞭月 (源二郎) 著
タイトル 不如帰 : 新作琵琶歌
著者 神長瞭月 (源二郎) 著
著者標目 神長, 瞭月, 1888-1976
出版地(国名コード) JP
出版地 東京
出版社 讃美界雑誌社
出版年 1909
大きさ、容量等 8p ; 24cm
JP番号 40075063
出版年月日等 明42.11

栃木県立図書館 (2110002)
栃木県塩谷町(当時の船生村)出身である、演歌師「神長瞭月(かみながりょうげつ)」に関する資料
http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000141645

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神長 瞭月(カミナガ リョウゲツ)
職業:演歌師 作詞・作曲家
本名:神長 源二郎
生年月日:明治21年 6月10日
出生地:栃木県県 塩谷
経歴:明治40年「松の声(女学生堕落の歌)」を根気強く歌い続けヒットさせる。演歌に初めてバイオリンを使い、41年「残月一声」42年「ハイカラソング」など自ら作詞・作曲した歌で人気を博す。朗々とした歌声で、大正2年には当時書生節といわれた演歌を初めてレコードに吹き込んだ。
没年月日:昭和51年 12月3日 (1976年)
https://kotobank.jp/word/%E7%A5%9E%E9%95%B7+%E7%9E%AD%E6%9C%88-1670778

出典|日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について

「新撰 芸能人物事典 明治~平成」
明治から平成までに活躍した芸能人のうち、物故者5400人を収録した人名事典です。舞台・映画・ラジオ・テレビで活躍した往年の歌手・役者・芸人・タレントの生没年、経歴、受賞歴などの詳細なプロフィール、伝記図書がわかります。
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演歌師「神長瞭月」に関する資料
https://blogs.yahoo.co.jp/teds3d/62229804.html

「演歌を育てた男 神長瞭月」 栃木放送 特別番組 その1
https://blogs.yahoo.co.jp/teds3d/62244715.html

戦時歌謡でも活躍した神長瞭月:
https://blogs.yahoo.co.jp/teds3d/62653286.html


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2017年9月1日金曜日

戦時歌謡でも活躍した神長瞭月

演歌にバイオリンを初めて使用した演歌師、神長瞭月は、昭和10年代に流行歌の楽曲を提供している。彼の曲は大手レコード会社から有名歌手によって歌われ発売された。
神長瞭月はどんな時代になっても需要に応えて音楽活動をしていたようだ。

瞭月が関与した流行歌(戦時歌謡)「白衣の尺八」、「戦場の幼な子」、「別れの尺八」は現在でも、TouTubeでの曲を聴くことができる。

いずれも戦争関連であるが勇ましい曲ではない日本的な哀愁のある曲である。なかなかいい曲だと思っているが「戦友」と同じく歌う機会がない曲である。

「白衣の尺八」 塩まさる テイチク 作詩:神長瞭月、 作曲:田村しげる 
(『九段の母』の片面) テイチクオーケストラ  昭和14年

愛国歌「感激の日の丸」 テイチク
歌唱:鶴田六郎 作詞:神長瞭月 作曲:能代 八郎   昭和14年9月

「戦場の幼な子」 田端義夫 作詞:神長瞭月  作曲:神長瞭月
昭和14年8月発売
曲の間奏に子守唄のメロディを使用して兵士の故郷や母のことを思い出させている。

砲撃戦のその後で
拾った支那の幼子よ
慣れぬ手付きで抱き上げりゃ
懐く髭面不精面

慰問袋のキャラメルを
水に溶かして飲ませたら
思い出したか母さんを
探る乳房のいじらしさ

故郷を出る時抱いた子も
思えば丁度これくらい
達者でいるかまめなかと
便り書いたも今日の事

千人針と日の丸を
繋ぎ合せてネンコロリ
思い出したぞ俺もまた
母の背中で聞いた歌
 
「別れの尺八」 筑波 嵩  作詞:坂口 淳、作曲:神長瞭月
昭和16年。
名曲 「戦友」を思い出させる。激しい戦闘が終わった後の短い静けさ、戦死した友への思いを感じる。

秋が来たぞと雁がなく
月の露営の前線に
白い野菊の花ひいて
友が静かに吹き鳴らす
ああ尺八の音がさえる

腕に巻いたる包帶も
とれてうれしい弾の痕
俺もお前もこの丘で
花と散る気でいたものを
ああ感慨はただ無量

月の露営の風聞けば
亡き戦友の声がする
あすは別れだ前進だ
心ゆくまで吹いてくれ
ああ惜別の尺八を

その他、神長瞭月 作詩・作曲のレコード(戦時歌謡)
『別れの馬子唄』(音丸) コロムビア
『銃後の渡し守』(美ち奴) 昭和14年7月、テイチクレコード

「満州小原良節」  浅草美知奴 神長瞭月
浅草美知奴(美ち奴) 神長瞭月 トンボレコード 15635-B 
嵯峨道雄作詩 中津ひさし編曲 伴奏トンボ和洋ジャズバンド  オーゴン蓄音機株式会社発売
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神長瞭月 レコード 歌唱、作詞、作曲など

「松の声」  神長瞭月  NIPPONOPHONE

「深川くづし」 彌生ふじ子 大正時代
作詞:山口凌雲 作曲:神長瞭月 大正7年 「船頭小唄 彌生ふじ子」の反対面

風刺歌「ワンダーウ ワールド」 神長瞭月 UGUISU RECORD

流行唄「さすらひの歌」(神長瞭月) TOKYO RECORD

流行唄「新にこにこ節」(神長瞭月)TOKYO RECORD

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神長瞭月の戦時歌謡 (SP盤雑学ノート)  参照

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