2013年2月27日水曜日

演歌を育てた男、神長瞭月 栃木放送 開局50周年 特別番組



栃木放送 開局50周年 特別番組
    
      歌を紡いで
~演歌を育てた男、神長瞭月~

明治21年大宮村(現 塩谷町)に生まれた神長瞭月。上京して独学でバイオリンを学び、作詞作曲した演歌を歌いながらバイオリンを演奏する「バイオリン演歌」の先駆者です。

昭和51年に2枚組のLPレコードを発売し、88歳の生涯を終えますが、その生涯は謎に包まれ、活動の詳細もほとんど知られていません。
番組では羽黒村(現 宇都宮市上河内)で作った「羽黒音頭」のエピソードなどを交えながら、その謎に包まれた生涯に迫ります。

CRT栃木放送(ラジオ)
2013年3月31日(日)10時から1時間特別番組

1530kHz(県央)1062kHz(両毛)864kHz(県北)

<放送内容>
昭和ロマンを楽しむ会の帝大生ゆめじ&青空ぴーまんも現役演歌師としてちょっとだけ出演して東京節(パイノパイノパイ)を歌っている。

神長瞭月の娘さんへのインタビューもあり日常の作曲活動や特許取得の苦労について語っていて面白かった。
 
神長瞭月は多才な方で後には演歌師をやらずに特許取得や音楽を教えたり、他人に楽曲を提供して生活するようになったようです。
 
この特別番組で瞭月の娘さんが「瞭月はギターを使って作曲していた」と話していた。演歌にバイオリンを初めて使った演歌師がギターで作曲とは流行を追い合理性のある仕事ぶりだと思った。

また、同じ栃木県塩谷町出身の作曲家、船村 徹へのインタビューもあり、神長瞭月を同じ作曲家として尊敬していたことがよく分かる内容であった。

船村 徹はインタビューの中で、演歌の種をまいた添田唖蝉坊は呼び捨てだがその芽を育てた神長瞭月に対しては神長先生と「先生」を付けていた。その後に続いたのんき節の石田一松も石田先生と呼んでおり、同業の先輩音楽家だと認めていると感じた。添田唖蝉坊は音楽家でなく作詞家か?

それらの後につながっている、続いているのが船村徹らの現在の大衆作曲家だという認識であった。

         <演歌を育てた男、神長瞭月>  昭和ロマンを楽しむ会出演部分(東京節)

 
神長瞭月は昔からある歌やメロディーを利用して歌いやすいように工夫して作曲したのではなかろうか。

著作権の問題があるが機会があれば内容をもっと解説したい。




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